知らず知らずのうちにしているかも?「隠れ見下し」に要注意!
こんにちは。Hanaです。
先日、娘と言い合いになった時のこと。ショックなことがありました。
「ママはいつも人を見下してる!」と言われてしまったのです。
ものすごくショックでした。。。
決してそんなつもりはなかったのですが、実は、同じことを上の娘にも言われたことがあります。
やはり、何度も言われるということは、そういう態度が出てしまっているということ。
本人に自覚はなくても、知らず知らずのうちに相手を見下してしまっている、というのは、意外と多いように思います。この人、私のこと見下しているな・・・と思うことって、ありますよね。そういう時、本人は自覚していないことが結構多いのです。
今回は、そんな「隠れ見下し」の原因を探り、対処方法について考えていきたいと思います。
「すごいね」「偉いね」も実は見下し
小さな子に対して「よくできたね、偉いね」という言葉をかけることはあるでしょう。
でもそれは、「(まだできることの少ないあなたがこれを)よくできたね、(できるようになるまで頑張って)偉いね」というニュアンスが隠されています。
よちよち歩きの小さな子供ならまだしも、自我が発達した10歳以上の子供にとってこの言葉は、「見下し」と受け取られることも少なくありません。
そう感じると、せっかくの褒め言葉も、素直に喜べません。
「(あなたは)よくできたね、偉いね」という「You」メッセージではなく、「(私は)そんなことができるあなたを尊敬する」という「I」メッセージで伝えると良いでしょう。
「そんなことも知らないの?」という見下し
「え、あなた、そんなことも知らないの?」という言葉、つい口にしてしまいがちですが、これも言われた方は見下されているような気持ちになります。
この情報は誰もが知っている、それなのにあなたは知らないのね、という上から目線があるからです。
人は好みの領域がそれぞれ異なります。自分が好きでよく見知っていることであっても、他人にとっては全く興味がなく、何も知らない、ということだってありうるのです。
そもそも、誰もが知っている、と言ったって、その「誰も」とは誰でしょう。何を基準にしているのでしょう。あなたの常識は、誰かの非常識、かもしれないのです。
人は「上下関係」ではなく「横の関係」で捉えるべき
親と子、上司と部下、教師と生徒、といった関係性においても、上下関係ではなく、横の関係で捉えるべきです。
なぜなら、人は誰もが平等であり、スタートの差こそあれ、同じ平面を並んで走りながら、人生というマラソンをしている同志だからです。
マラソンといっても、誰かと競争しているわけではありません。スタートとゴールは一人ずつ異なり、自分のコースを自分のペースで走りながら、途中の景色やいろいろな体験を楽しむ、それこそが人生なわけです。
だから、自分より遅い、自分より早い、そんなことを比較しても意味がありません。
そして、自分がこれまでの経験から学んだ成功法則は、他人にも通用するかどうかはわかりません。
そういうふうに考えれば、私の言うことを聞け!とか、こんなことも知らないの?という言葉は出てこないはずです。だって、それぞれ違う道を、違う方法で走っているのだから。
まとめ
あなたが誰かを見下すと、絶対に、あなたも誰かに見下されます。自分がしたことは、巡り巡って必ず返ってきます。
そして、その上下関係という考え方そのものが、そもそもナンセンスです。
どんな人でも、みな自分の人生を精一杯生きています。だから、職業や身分、収入や容姿などがどうであれ、自分より上、自分より下、ということはあり得ないのです。
どんな関係性においても、そこに必要なのは尊敬、Respectです。
人生というマラソンを悔いなく走り切るためにも、他人とは常に横の関係で、時に助け合いながら、それぞれの道を邪魔することなく、Respectしあって生きていきたいですね。