コーチングで人生が変わった話

こんにちは。Hanaです。

今日は、コーチングによって人生が変わった私自身の話をしたいと思います。

吃音に悩み、偽りの自分を演じ続けた40年間を乗り越え、自分らしくありのままに、幸せに生きる道を見つけたお話です。

いい子を演じ続けた40年間

私は、小学校に上がる少し前から吃音を持っていました。自分自身、どうしてこんな話し方なのだろうと悩み、どうすれば、普通の話し方になれるだろうかと悩みながら毎日を過ごしていました。

でも、親に相談することはできませんでした。

いつでも完璧でいなければならない。ずっとそう思っていたからです。

自分が人とは違う、完璧ではない存在だということが、どうしても受け入れられなかったのです。

そうして、私は1人で吃音に悩みながら、他の部分では完璧になろうとして、勉強に励み、親の言うことをよく聞いて、いい子でいるように心がけました。

そして、いい学校に入り、いいところに就職して、いい人を見つけて結婚すれば、吃音があっても幸せに生きられるだろう、と思って頑張ったのです。

苦しみから逃れたい

私がいい子でいなければならなかった理由は、家の中にもありました。

私の両親は、諍いが絶えない夫婦でした

私が幼い頃はそうでもなかったのですが、バブルがはじけ、自営業の父の仕事が傾いてくると、お金のことでよく争うようになりました。

毎晩のように母が父をなじる声と、それに対して父が怒鳴る声が家中に響き渡り、耳を塞いで眠りにつく日々でした。

いつも不機嫌な親を、これ以上不機嫌にしてはいけない。私自身が諍いの種になるようなことは、あってはならない。自分まで母にヒステリックに怒られるようなことが、あってはならない・・・。

そう思うと、吃音のことも言い出せず、常に模範的ないい子でいることでしか、自分を守れませんでした

そうしていつしか、父のように自分の好きなことを仕事にすると、生活が苦しくなってしまうんだ、好きなことを仕事にするのはいけないことだ、という思い込みが出来上がってしまったのです。

コーチングで気づいた衝撃の事実

でも、当然のことながら、「自分ではない自分」を演じることは苦しみの連続でした。

本音を言えない。いつでも人の顔を窺っている。そうした中で、「ありのままの自分で生きたい」という気持ちは、どんどん膨らんでいきました。

そしてある日、何気なく手に取った本から「コーチング」というものを知り、受けてみようと思い立ったのです。

受けてみると、それは全く堅苦しいものではなく、むしろ心を開いてどんどん話ができて、気がつくと、今まで誰にも話していなかったことまでスラスラと、話している自分がいました。

そして、一番心に引っかかっていた、両親の話をした時に、コーチからこう言われたのです。

「お父さんは、幸せだったんじゃないですか?」と。

私は一瞬、耳を疑いました。

私はずっと、父より不幸な人はいないと思っていました。素晴らしい才能を持っていながら、母からはいつも認められず、結局、離婚して、そのせいでアルコールに溺れてしまうのです。

コーチは続けました。

「好きなことを今も続けてらっしゃるんですよね?それは幸せなことですよ。」

と。

確かに、父はアルコール中毒になって入院した後、退院してリハビリをも兼ねてまた陶芸を始め、今ではB型作業所の先生としてまた陶芸で身を立てているのです。七十を過ぎた今も現役で。

そして、母と離婚したこともまた、不幸と決めつけるのは早計なのかもしれません。父は1人になってようやく、穏やかな人生を取り戻したようにも思うからです。

そうか、と私は思いました。

不幸な出来事、と決めつけていた過去も、見方によっては、幸せにつながっている。自分の過去も全て、そうなのかもしれない。辛い出来事も、実は未来の幸せにつながる伏線なのかもしれない。

その事実に気づいたことが、私の人生を変えていきました。

本当の自分に気づいたとき

そして私は、ありのままの自分を取り戻していきました。我慢していたこと、こうしていけないと思い込んでいたことを少しずつ解禁して、本当の自分を生きるようになりました。

そして驚いたことに、そうやって「本当の自分」でいる方が、前よりもずっと、皆に愛されるようになったのです。

ありのままで愛されるようになると、私は今まで苦しみながら作ってきた「偽りの自分」とは何だったのかと考えるようになりました。

私の幸せは、いいところに就職して、ただお金のためだけに働いて、人生を終わることではない。
本当に大切なことは、何をするか、何のために生きるかだ。

そう気づいた私は、自分は本当は何をしたいのか、何をするために生まれてきたのかを模索し始めました。

過去を振り返り、今までに心が動いた経験、楽しかったこと、辛かったこと、苦しかったことを全て書き出しました。そして、そうした「点」の記憶がすべて「線」で繋がった時、はっきりと理解したのです。

私は、「どんな人もありのままに生きられる社会」を実現するために、生まれてきたんだ、と。

生きる喜びを見つけて

今の私は、とても充実しています。吃音だろうと、なんだろうと、どんな人もありのままで幸せに生きることのできる社会を目指して、毎日奮闘しています。

人は、「自分が何のために生まれてきたのか」を理解すると、そこに向かって突き進んでいくことができます
どんな困難も、ものともしません。

私は思うのです。
どんな人も皆、生まれてくる時に「使命」を与えられるのだと。

そして、そのことに気づかせるために、「困難」という試練を与えるのではないか、と思うのです。

使命に気づかないうちは、その困難は苦痛でしかないけれど、ある時「あの困難は全て、使命を果たすための経験だったんだ。」と気づくと、全ての点が線で繋がるのです。

そこに豊かな人間関係や、富が生まれます。それこそが、真の幸せなのではないかと、私は思うのです。

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